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宇治拾遺物語:児のそら寝 品詞分解



宇治拾遺物語:児のそら寝 現代語訳・品詞分解《前半》





    今では昔の話であるが、比叡山の延暦寺に稚児がいたということだ。
    僧たちが、日が暮れてから間もない頃に、退屈で、「さあ、ぼたもちを作ろう」と言ったのを
    この稚児は楽しみに聞いていた。
    かといって、(ぼたもちが)作り上げるのを待って寝ないでいるのも、
    きっと良くないだろうと思って
    片隅に寄って寝ている様子で、出来上がるのを待っていたところ、
    もう作り上げた様子で、(僧たちは)集まって騒いでいる。




    ・今は昔→ 【説話物(説話集)】と呼ばれるジャンルの古文では定番の書きだし。「むかしむかし」という意味合い。

    ・比叡の山に→ 「比叡」は「比叡山」、「山」は「延暦寺」(両方とも名詞なので「体言」)を指す(一般に古文で「山」といった場合には「寺院」を指す場合も多いが、「山」そのもので「比叡山延暦寺」を指す場合もある。」

    ・児ありけり→ 「児:体言」「あり:ラ行変格:連用形」「けり:過去の助動詞:終止形」→ 「児:こども(そして当時は女人禁制なので男の子と解する)」「あり:ラ変なので「あり」「居り」で考えて「居る」とする」「けり:過去形なので、前の「居る」を「居た」とする」

    ・宵→ 「宵:体言」→ 「宵:よい:太陽が沈んでから夜になるまで(歴史小説などには「宵の口」などという表現もある→「夜始まったばかり」という意味:「口」を最初と考える)

    ・つれづれ→ 退屈な、暇なと言う意味(「徒然草」は、退屈な話、暇に任せて書いた話という意味)

    ・いざ→ 「さぁ」という掛け声、後ろの「せむ」と組み合わさって「さぁ~~しよう」と訳す。

    ・かひもちひ→ 「ぼたもち」「おはぎ」の事。

    ・せむ→ 「せ:サ行変格:未然形」「む:意思の助動詞:終止形」→ 「~~しよう」となり、上の「いざ」「かひもちひ」と組み合わさって「さぁぼたもちを作ろう」と訳す。

    ・言ひける→ 「言ひ:ハ行四段:連用形」「ける:過去の助動詞:連体形」→ 「言った」と訳す。「ける」が連体形なのは、後ろに「体言」が来ていた・いると見るべきであるが、文中に無いのは省略されていると考える(「~~な事」とかを補う)。

    ・こころよせ→ 心寄せる→ 興味を持つの意味。

    ・聞きけり→ 「聞き:カ行四段:連用形」「けり:過去の助動詞:終止形」→ 「聞いた」と訳す。

    ・さりとて→ 文法的には「接続詞」となる。「さありとて」が縮まって「さあり」となり、「そうは言っても」と訳す。

    ・し出ださむ→ 「し出ださ:サ行四段:未然形」「む:婉曲の助動詞:連体形」→ 「む」については、前の方では「意志」、こちらは「婉曲」となり意味が違う。「連体形」であるという事から、下に体言(名詞)が続くので、上の「ける」の場合と同じように「~~な事」を補って訳す。「し出だす」は「作り上げる」の意味。

    (ぼたもち)を作り上げるを待って と言う感じの訳になるので、「ぼたもちを作りあげるのを待って」とした。

    ・寝ざらむ→ 「寝:ナ行四段:未然形」「ざら:打消しの助動詞:未然形」「む:推量の助動詞:終止形」→ 「寝ないのも」「寝ないだろうも」→ 「む」は、皆同じ「助動詞:む」であるが、この「児のそら寝」では、意味を変えて出てきているので注意したい。概ね高校の最初でやる事が多いこの文章であるが、助動詞の理解を促す意味で大変ではあるが重要な文章ということになるだろう。

    ・わろかりなむ→ 

    「わろかり:形容詞ク活用(補助活用):未然形」「な:強意の助動詞:未然形」「む:推量の助動詞:終止形」→ 【形容詞の補助活用】とあるのは、形容詞の活用の一つであり、動詞以外に接続する際に用いられる活用である。

    「な」「む」は、二つ合わせて「なむ」として「きっと~~だろう」という意味(これを「強意」といい、そんなに多くない古典文法の語法の一つである)に訳す。

    ・寝たるよし→ 「寝:ナ行下二段:連用形」「たる:存続の助動詞:連体形」「よし:体言」→ 「む」と並んで「連体形」になると意味が変わるものである「たり」。下に体言(この場合は「よし」)が来ると【存続:~~している】と言う意味に変わる(「よし」は様子の意味)。

    ・出で来る→ 「出で来る:カ行変格:連体形」→ 【カ行変格】は色々な動詞と組み合わさる傾向がある(これは「サ変」も同じ)ので注意。これも「連体形」なので、下に「~~こと」等を補って訳す。

    ・待ちける→ 「待ち:タ行四段:連用形」「ける:過去の助動詞:連体形」→ これも「ける」が「連体形」になっているので、下に「~~こと」等を補って訳す。

    ・し出だしたるさま→ 「し出だし:サ行変格:連用形」「たる:完了の助動詞:連体形」「さま:体言」→ こちらの「たる」は「連体形」ではあるが「完了」で訳す。
    (これに関しては、やはり「形式:活用」ということだけでは無く、文脈・文意を考えるという部分であろう。)

    ぼたもちを作りあげている様子で なのか ぼたもちを作り上げた様子なのか を考える必要がある。

    ・ひしめき合ひたり→ 「ひしめき合ひ:ハ行四段:連用形」「たり:存続の助動詞:終止形」→ やはりここも「たり」が「終止形」ではあるが、「存続」で訳す部分となっている。

    ここも、「僧たち」がぼたもちを作り終えて「騒いだ」のか「騒いでいる」のかという場面を考えるということだろう。


宇治拾遺物語:児のそら寝 現代語訳・品詞分解《後半》





    この稚児は、(僧たちが)きっと起こすだろうと待っていたところ、
    (ある)僧の「お話し申し上げたいのですが(もしもし)、お目覚めください。」と言うのを、
    嬉しいとは思ったが、ただ一度で返事をしたら、(ぼたもちが出来るのを)
    (稚児が)待っていたのかと(僧が)思うと困ると思って、
    もう一回呼ばれたら返事をしようと、我慢して寝ているうちに、
    「これ、お起こし申し上げるな。小さい方はお休みなさっているのだよ。」
    と言う声がしたので、ああつらいと思って、もう一度起こして欲しいなぁと、
    思いながら寝て聞くと、むしゃむしゃとひたすらに食べる音がしたので、どうしようもなくて、
    遅れて、「はい」と答えたので、僧たちは笑いが止まらなかった。



    ・さだめて→ きっと~~の意味を表す副詞。

    ・おどろかさむずらむ→ 

    「おどろかさ:サ行四段:未然形」「むず:推量の助動詞:終止形」「らむ:現在推量の助動詞:終止形」→ 「推量」と「現在推量」の助動詞が二つ重なってくどい感じもするが、逆に言えば、二つ重なる事で、臨場感あふれる表現にしたいともみる事も出来る。

    (訳としては「起こすだろうだろう」とは出来ず、「起こすだろう」となるのだが、それだけに、筆者の意図を考えるという場面でもあろうか)

    ・待ちゐたる→ 「待ちゐ:ワ行上一段:連用形」「たる:存続の助動詞:連体形」→ 「ゐ」が出て来たら「ワ行」という事を覚えておくと楽になる。また「たる」が出てきており、【連体形だから存続】という図式が出てきている。

    ・もの申しさぶらはむ。おどろかせたまへ。

    【いきなりの敬語表現】である。「もの:体言」「申し:サ行四段:連用形」「さぶらは:ハ行四段:未然形」「む:意志の助動詞:終止形」となるが、「申し:謙譲語」「さぶらは:丁寧語」という意味を盛り込んで訳す必要がある。

    (授業の進行状況によるが、高校の最初の段階で、この児のそら寝をやっている場合には、さほど敬語については突っ込まないで進むと思うが、中高一貫校などで敬語についてやったのであれば、「誰から誰への敬意か」という事を理解する必要が出てくる。)

    この場合、僧が児に対して発言をしているので、【僧→児】への敬意を表すことになる。そうなると、実はこの「児」は、僧から敬語を使われる対象であるというちょっと不思議な構造が見えてくる。実際にこの僧が誰に対しても遜るor下っ端中の下っ端という事情があれば別ではあるが、この「児」に対しては、実はその後も敬語が使われている事を考えると、それなりに良い身分の出身なのだろう……という推測が出来る。

    また、「おどろか:カ行四段:連用形」「せ:尊敬の助動詞:連用形」「たまへ:ハ行四段:命令形」となり、【「」と「たまへ」】が二つ重なる時には「二重尊敬」として、相当に偉い人に対して使われる。

    と言う事を踏まえての訳語を考えるのだが、声をかけられる児が偉い人であるという事から、「ものもうしさぶらはむ」を「お話したいことがあります」とガチガチに訳すのも正解だとは思うが、状況的にそれも……と言う事なので、通常、人を起こす際の「もしもし」程度の掛け声でも良いと思われる。
    もう一つの「おどろかせたまへ」は、「起きてください(ませ)」とするのには違和感は無いので、「~~ください」という「命令形」を巧く尊敬に直した訳語を置いて良いかと思う。


    ・うれし→ 「うれし:形容詞シク活用:終止形」→ うれしい・楽しいの意味。

    ・いらへむ→ 

    「いらへ:ハ行下二段:未然形」「む:仮定の助動詞:連体形」→ 「む」は色々な意味があり助動詞の中では相当に厄介なのだが、これも「たり」同様に「連体形」が来たら「婉曲」「仮定」と考えると巧く行く場合が多い。これはあくまで”多い”という程度ではあるので、全てこれで考えると失敗する事もあるが、先ずは「婉曲」「仮定」を認識 するという意味合いで。

    「む」が連体形なので、「~~事」を補って訳すとして「一回で応えるような事」として「婉曲」で訳しても意味は十分に通る。しかし、この話の面白い部分(?)は「児」の「今返事をしてう良いものか?」という葛藤であるから、そこの部分や、後ろの「待ちけるか」という部分を合わせると、「仮定」の方が良いという事になる。そういうわけで、訳し方としては「答えたら」「もし答えたら」と言うのが適当だろう。


    ・いま一声呼ばれていらへむと→

    「いま:副詞」「一声:体言」「呼ば:バ行四段:未然形」「れ:受け身の助動詞:連用形」「て:接続助詞」「いらへ:ハ行四段:未然形」「む:意志の助動詞:終止形」「と:格助詞」

    助動詞「れ」は、「受身」「可能」「尊敬」と三つの意味を持つが、これは文脈で判断をするしかない(結構、厄介ではある)。この場合、「お呼びになる」「呼ぶことが出来る」という訳ではちょっと無理があるので、素直に「呼ばれる」と考えた方が良いだろう。

    また、「いらへむ」と「む」が問題になる場面だが、この「む」は終止形(後ろに「と」が付いている場合かなりの確率で終止形。「と」は引用を現すため、そこで文章を区切る。)。そうなると、特に「む」を意志で考えて無理がなければ、そのままで考えて良いので「返事をしようとおもう」という訳語となる。

    ・待ちけるかともぞ思ふ→

    「待ち:タ行四段:連用形」「ける:過去の助動詞:連体形」「か:係助詞」「と:格助詞」「も:係助詞」「ぞ:係助詞」「思ふ:ハ行四段:連体形

    「ける」が連体形になっているので「~~事」を補って訳すと良いが、「待っていた事」とするか「待っていた」とするかで、訳しのくどさもあるので、別に「事」をつけなくても良いとも思われる。

    問題は、ここは「係助詞」が三つ並んでいる。「係助詞」と言えば「係り結び」、この三つのうちで機能しているのは「」そして、これを受けているのは「思ふ」で「連体形」となっている事に注意。


    ・念じて寝たるほど→ 「念じ:サ行変格活用:連用形」「て:接続助詞」「寝:ナ行下二段:連用形」「たる:存続の助動詞:連体形」「ほど:体言」

    ここも「たる」+「体言」で、「たる(たり)」を存続で訳す場面。「念じ」が「我慢する」という意味(古文の場合には、今使われている意味とは違う意味がある場合もある)なので、「我慢して寝ていると」という訳になる。

    ・な起こしたてまつりそ→ 「な:副詞」「起こし:サ行四段連用形」「たてまつり:ラ行四段連用形」「そ:終助詞」→

    「な」➡「そ」で【禁止を表す】。「な」「動詞の連用形」「そ」という構文。
    「たてまつり」は上でも述べたが「敬語:謙譲語」であり、会話をする僧が、もうひとりの(児を起こそうとしている)僧に「起こし申し上げるのはやめなさい」と言っていることになる。
    ここで「謙譲語」を使っているのは、僧たちよりも「児」が偉いためで(これは上でも触れたが)、「児」を起こそうとしている「僧」を低める(謙譲語)事で、「児」を高めようとする手法でもある。


    ・をさなき人→ 「をさなき:形容詞ク活用:連体形」→ 「をさなき」は「小さい人」「(力や立場が)弱い人」の意味、「竹取物語の翁」を「をさなき人」とする部分があり、そちらは、「弱い人」の方であるが、こちらの「児」は「偉い人」でもあるから、単純に「小さい人」で良いだろう。


    ・寝入りたまひにけり→ 「寝入り:ラ行四段連用形」「たまひ:ハ行四段:連用形」「に:完了の助動詞:連用形」「けり:詠嘆の助動詞:終止形」

    ここも「たまひ(尊敬語)」と敬語が問題となってくるが、「児」が偉いという事を前提にすれば(今となっては)問題も無く、「お休みになって」と訳す。

    次に、「に」「けり」であるが、この組み合わせはよく出てきて「けり」が過去形として「であった」と訳すのが定番であるが、ここは「詠嘆」である。 「詠嘆」であるから、「~~だなぁ」と訳すことが必要になる(すなわち訳でもそうかく必要)。


    ・しければ→ 「し:サ行変格:連用形」「けれ:過去の助動詞:已然形」「ば:接続助詞」→ 【已然形+ば】という形では「~~だから」「~~ので」「~~ところ」と訳す。


    ・あな、わびし→ 「あな:感動詞」「わびし:形容詞シク活用:終止形」→ 「ああ、辛いなぁ」


    ・起こせかし→ 「起こせ:サ行四段:命令形」「かし:終助詞」→ 「起こせ」が「命令形」なのが一つのポイントではあるが(高校最初の段階で必要かはともかく)、古文では人に何かを頼む際は「命令形」になってくる。「かし」は念押しの終助詞であり、「~~たらなぁ」と訳す。


    ・ひしひしと食ひに食ふ音→ 「ひしひしと」は副詞で「むしゃむしゃと」であり、「食ひに食ふ」は同じ「食う」という言葉が重なって「食べる」様子を強調する場面である。


    ・ずちなく→ 「ずちなく:形容詞ク活用:連用形」→ 「術(すべ)」が無くて、「手段が」なくて、「どうしようもなくて」


    ・無期ののち→ 「無期限の後」→ しばらくしてから


    ・いらへたりければ→ 「いらへ:ハ行下二段:連用形」「たり:完了の助動詞:連用形」「けり:過去の助動詞:已然形」「ば:接続助詞」

    ここも【已然形+ば】の場面で、「~~だから」「~~ので」「~~ところ」と訳すので、「答えたので」。


    ・僧たち笑ふこと限りなし。→ 「かぎりなし:形容詞ク活用:終止形」→ 特に、問題点がある部分ではないが、「かぎりない」というのが「ずっと続く」という変換が出来るかどうかであろうか(「古文」の場合には「古文単語」そのままには訳さない風潮(?)があるので、なるべく他の言い換えを探す必要が出てくる。)