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徒然草序段:つれづれなるままに 品詞分解・現代語訳


    することもなく(退屈にまかせて)、一日中、机に向かって
    心に(次々に浮かんだり、消えたりして)移って行くとりとめのない事を
    (順序などもなく)なんとなく書き連ねていくと、
    (自分にも)不思議なほど心がさざめきたってくる。



    ・つれづれなる→ 【徒然草:つれずれぐさ】のタイトルにもなっているが、退屈である、やることが無いと言う意味。

    ・日暮し→ 一日中

    ・心にうつりゆく→ こころを通り過ぎて行く(「心に移り行く」と「心に映り行く」の二つの考え方がある。)

    (なお、「心にうつりゆく」は「連体形」であるが、これは下に「よしなしごと」という「体言=名詞」が来ているからである。)

    ・よしなしごと→ つまらないこと(但し、現代語訳としては「とりとめもないこと」とした方が趣が上がる)

    ・そこはかとなく→ 「なんとなく」ではあるが、上の訳語と並べると、意味がはっきりとしないので「書く順序」を強調した方がよい。

    ・書きつくれば→ 「書きつくれ」「ば」→「書きつくれ:カ行下二段已然形」「接続助詞」→ 【已然形+「ば」】なので、「~~ので」「~~だから」「~~ところ」と訳す。

    ・あやしうこそものぐるほしけれ→ 「あやしう」+「こそ」+「ものぐるほしけれ」 → 「あやしう:形容詞ク活用のウ音便」「こそ:係助詞」「ものぐるほしけれ:形容詞シク活用の已然形

    (「こそ」➡「○○の已然形」という形で【係り結び】になっていることに注意)

    → 「あやし」は「不思議な」、「ものぐるほし」は「気持ちが(狂う位に)高ぶる」の意味。




    有名な「徒然草」の冒頭である。 どちらかと言うと、中学で暗記させられるもので、品詞分解などは後回しの感じは多いのだが、高校でやったりする途端に品詞分解の世界に突入したりする。

    有名な古文の冒頭(や序段)は、その文章や時代背景のコンセプトを現したものが多い事も注意すべきだが、何気に文法的に重要な事も含まれているので、(あながち)暗記をさせると言うのは悪くはなかったりもする。

    特に、「係り結び」(「こそ」→「已然形」)が出てきたり、「音便(ウ音便)」、「ば」(「已然形」+「ば」)が出てきたりと、何気に今後の古文に重要なものが出てきている。

    ・内容面では、「隠者」と呼ばれる兼好が、何故に、暇にまかせて文章を書き始めたら「狂おしいばかりに興奮」してきたのか?が問題になりそうだが、この部分は、「作者である兼好」がこんな事を書いてしまったという「反省」と、(読むであろう)「読者」に対する「謙譲」の意味を含めたものと考えられている。
    (以下の「徒然草」の「文学史」でも触れたが、「隠者」であるという意識の表れと言う理解で良いかと思う。)