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日本医科大学:2019年:2月7日


    日本医科大学の2019年度入試の一日目(2月7日)の入試は「顔面の一部を喪失した女性」が「顔面を移植すること」を問う問題であった。
    もっとも、この「顔面移植」については、免疫抑制剤を飲む必要があり、その副作用として、術後12年で「ガン」により亡くなったという事も記されており、その上で、「生命の質」と「命のバランス」について述べよという出題である。
    (600字:60分)

    「医学部」の小論文は、医師としての適性を判断する上での重要な資料としての位置づけでもあり、当然、医師として資質を問われている出題となっている。 そのため、医学的なことを正面から問う場合も出て来ることになる。

    今回の「顔面移植」という説例は、言わば、近時の実例としてニュースなどで取り上げられたホットな事例でもあるが、その根底には、設問にもあるように「生命の質(生活の質)」と「命のバランス(寿命」」の双方に影響を及ぼす事に対しての問題意識がある。

    近年、医学的な進歩は日進月歩の状態であり、飛躍的に進歩している分野でもある。しかし、その進歩が時として無機質的なものであって、かえって医学的措置を受ける側の生活や精神を大きく削ぐという場合も出てきている。
    有名な一例としては、生命維持のために、患者の身体にあれこれのチューブを挿管することなどが挙げられるが、これは欧米では「スパゲッティ症候群(spaghetthi syndrome)」などと揶揄されていたりもする。
    また、これと同様な事としては「胃瘻(いろう)」と言って、栄養摂取のために直接に胃に小さい穴を開ける事なども挙げられるだろう。

    患者の寿命を延ばすということは、医学の重要な使命かつ役割ではあるが、それが単に数字上の寿命を延ばすということに過ぎず、患者の意識や、加療中における状態などが考慮されないとなるのは、重要な問題となる。
    (これは、近時における、医学の進歩における医療側の治療決定という部分と、患者側の人権や、同意といった問題が、ある意味、衝突している場面ということにもなるのだが、「緊急事態」「切迫した事態」における医療専断行為の場面と比して、医療側・患者側での合意形成や説明過程といった場面がクローズアップされる部分でもある。 )
    この、医療行為時に考慮すべき要素である、加療中の「生活状態」や「質」といった、「命の質」という観点を「QOL(quality of life)と呼び、近時の医療界での重要な要素になったと考えられる。

    今回の出題は、直接的には「寿命を延ばす」ということでは無く、「顔面を一部を喪失した女性」が「顔面を移植して通常の容貌に戻った」が、その移植状態を維持する上で服用しなければならない免疫抑制剤の効果により「寿命が縮まった」というものである。
    当然、この施術・治療に当たっては、当の女性の承諾はあっての事であろうから、治療を行う側と治療を受ける側での齟齬が生じている訳では無い。
    また、「顔面移植」という手法の倫理面が問われる部分ではあるが、「屍体(したい:)」「脳死患者」からとの記載もあり、その点でも問題点は無い。
    そうなると、この移植手術について、書くことが無くなってしまうように思われる。
    (基本、医学部の小論文は、治療をする側・治療を受ける側、双方の権利・義務・職務・手法といった場面が問われる事が多い。実際の医療業務に当たって相克するそれらの事態は本当に神経を使う場面でもあるし、医療訴訟・医療過誤訴訟といった場面でも重要な要素を持つ。そういうこともあって、その心構えや資質を問うという意味で、一見すると非常に鋭く対立する事についての「お題」が小論文として出題される部分ではある。)
    いっそ、上述した「QOL」の問題と医療行為が、相反する様な場合であれば、とても書き易いのに……ともなってくる。
    ではこの設問の「論点」は?ということになるが、
    それは、「顔面の一部が失われている状態」というのは、当人にとって耐え難い苦痛ではある。
    そして、その苦痛の軽減や除去といった事を行うのは「医療」の使命であり目的であるのだが、”現在の技術”では、この移植には設例で付されているように「免疫抑制剤」を服薬しなくてはならず、それにより「ガン」が発生することになり、そこで別の苦痛・病気といった事が発生をするという問題は生じている。
    つまり、一定期間の猶予があるとはいえ、現時点で副作用を生じない事が難しい段階で、新たな「苦痛」を生じさせる治療を認めて良いのか(「適正」であるのか)という価値判断が問われている設問ということが出来る。
    こうなれば、「今の苦痛の除去」が「将来の苦痛の発生」に繋がるという部分での記述を書き進めていくことが出来るようになる。

    医学部だからと言う訳ではないがある意味の「極限状態」「選択(2020年の新型肺炎により「トリアージ(triage)」という言葉も良く目にしたが)」という部分についての、”悩み”を答案上に表現する事は(あくまでも論文戦略上)重要なこととなると考える。