このページを Google Bookmarks に追加

今も昔も出世は大事?


    今も昔も、社会の中の役割と立場と言うのはその人の人生に大きな影響を与えるものですが
    最近の若い世代は、特に出世をせずとも自分の時間や価値観を大事にすると言う事で、 今までとは違うライフスタイルを構築する人達も出て来ています。
    もちろん?従来どおりガッチリ働いてガッチリ良い生活を送りたいと言う人も少なからず居るようですから、 そういう人には是非、その願いが叶いますように。

    さて、古文の時代と言うのは、今の様な民間企業があるわけでは無く、「お勤め」と言えば、公務員と言う事になりました。
    残念ながら、当時の上級公務員は藤原氏を始め一部の貴族の手に握られていたので、 ”おじゃる丸”の様な”公卿”になる事は最初から諦めていたわけで、狙うのは中級公務員か地方公務員の良い役職。
    特に、平安時代中期以降、藤原道長による権力独占以降は、中央で窮屈な思いをするよりは地方で伸び伸びと暮らそうとする人達も出てきます。
    道長以前の人物の話にはなりますが、「今昔物語」には藤原陳忠と言う受領(今で言う県知事クラス)が、崖から落ちた際に、部下が救出のために投げた籠を引き上げたら 籠一杯の”キノコ(平茸)”が上がって来て、その後に籠を入れてようやく陳忠が(しかも両手に平茸を持って)上がってきたと言う(有名な)話が載せられています。
    陳忠いわく「受領は倒るるところに土を掴め」と。
    中央で出世できない分、地方でガッチリ稼いでやろうと言う、何とも現代に通じる話でもありますが(?)
    「名」よりも「実」と言う事でたくましく生きた中級貴族の姿が浮かんできます。
    (他に有名な”強欲”な地方官(地方公務員)と言えば、「尾張国百姓等解文」で中央政府に訴えられた藤原元命がいますね)

    そして、この役職にありつけるかどうか? つまり就職出来るかどうかは一族郎党(果ては隣近所まで)にとって重大事だったようで、 (有力者に働きかけて)”見事に任官できた者”と(要領が悪くて)”また任官できなかった者”の悲喜こもごもの様子が「枕草子:23段:すさまじきもの」に触れられています。
    (任官が決まった家は一族郎党、隣近所を含めて宴会、任官が決まらなかった家は、落選議員の事務所の様に潮が引くように人がいなくなる等々の様子)

    さて、そんな「就職」が決まった決まらないを知らせる朝廷の儀式を「除目(じもく)」と呼びました。(今で言うところの”人事異動”ですね)
    地方の公務員に関するお知らせを「県召の除目(あがためしのじもく)
    中央の公務員に関するお知らせを「司召の除目(つかさめしのじもく)」と呼んで区別しました。

    どちらの公務員であれ、悩みもうま味もそれぞれに尽きなかったのは、今の時代と変わらぬ事ではありましたでしょうが?
    芥川龍之介の「芋粥」に出てくるエピソードではありませんが、どちらかと言えば、地方に出て伸び伸びと言うのが(先に挙げた、陳忠や元命の例にもれず) 実情だったと言うところでしょう。