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古典文法を勉強しないで大学入試に受かりますか?


    単純に考えれば、非常に難しいと言えます。

    この場合の「勉強しなくて良いか?」と言う質問は、古典が受験科目に入っているけれども、文法を抜きに古文の文章読解だけで受験に合格できるか?と言う趣旨かと思いますが
    (あたりまえですが、古典が試験科目に入っていない慶応大学であったり、上智大学の一部の学部であったりは、古典文法を勉強しなくても合格できます。)
    確かに、古典の出題においては、読解がメインの場合もあれば、読解と文法の問題をバランス良く出題する場合もありますから、 実際のところは、受験する大学・学部・学科の入試問題いかんと言う事になります。
    しかしながら、近年の古典分野においては読解の問題が易化する代わりの帳尻合わせとして古典の文法問題を強化していると見られるフシも出て来ています。 (最近の早稲田など)
    元々、文法問題に力を入れている「日・東・駒・専」他、大東文化大学などにおいては、そもそも文法問題を解けないと、 古典分野で相当の点数ロスに繋がる事も覚悟しなくてはなりません。
    逆に言えば、相当数の文法問題が出る大学を受験する生徒は、文法問題に力を入れてくるので、皆が文法問題で間違えないと言う事にもなってきます。

    もちろん、文法を落としても読解の問題でカバーすると言う戦略もありでしょうが(?)
    そもそも、文法が分からなくて(程度によるが)古文の文章がどの程度しっかりと読めるのか?と言う問題は付いて回ります。
    助動詞の打消しの「ぬ」と、完了の「ぬ」が分からない場合には文全体の意味が違ってくるでしょうし、「なむ」が使われている場合に強意なのか願望なのかが分からなければ それに対応した選択肢を選ぶことも難しくなってきます。
    また、敬語が分からなければ、結局誰の発言なのか、誰の行動なのかが把握できずに、選択肢の中で悩むなどと言う事も起きてきます。

    受験勉強が煮詰まってくると、ついマイナー科目を切り捨てて主要科目にエネルギーを集中させようと言う考えが起こってきます。
    それは、それで受験と言うトータルで見ての戦いの中での合理的な思考だとは思いますが、 それをしない事で得られるのはどの程度の事なのかを考えた上で決断をしていくべきでしょう。

    ある程度勉強した上での縮小・放棄なのか?
    ある部分だけはやったけど残りはしないのか?
    最初からしないのか?

    考えられる状況は色々かと思いますが、何かを削る場合には、それだけ死角が増えますから、その点についての納得も必要になるでしょう。 無論、中途半端に資源とエネルギーを投入しても二兎を追う者は一兎をも得ずになるのであれば、思い切って切り捨てるのも一案だとは思いますが、 いずれにしても古典文法をしないと言う事に逆転の目を見たのであれば、決断した事は受け入れて、後ろを振り返るのは止めて受験に邁進するしかありません。