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2020年国語の旅


  • 2020年からセンター試験が変わると言うアナウンスが出ているが、その具体的な内容は漸次明らかになっていくのだろうが、 その主な骨子としては「記述式」を導入していくと言う部分であろう。
    なぜに、ここで記述式を導入するのかの意図は定かではないが (単純に絞り込んで優秀な学生を国公立大学で確保したいと言うならば、別に今の二段階方式でも十分その機能を果たしているとは思うが?) とにかく、紆余曲折はあるだろうが記述式を導入したセンター試験は実施されるのであろう。
    さて、問題はここからである。
    センター試験に記述式と言う事であれば、国公立の2次試験はどのように変わるのか?
    今までであれば、一次試験(センター試験)で絞り込み(俗にいう足切り)、二次試験で適性を見ると言う感じで役割分担がスッキリとしていたが、 一次試験にも二次試験的な要素が盛り込まれてくると、結局はどちらもグズグズになるか、どちらもレベルUPするか、片方に引きずられる影響は出てきそうな気はする。
    日本の入試の場合に、特に東大の入試は非常にバランス感覚が良いので余り心配をする必要は無いとは思うが(?) 問題は、私立の入試であろう。
    私立大学の場合は慶応・早稲田を中心に大きなピラミッドが出来ているが、ここら辺のトップ校がどの様にこの入試に対応してくるか。
    実際に早稲田大学の方は早々に記述をメインにした入試問題を投入してくる事を表明している。 2018年度入試から始まるこの早稲田の入試が一つの試金石になるのか?は注目していきたい部分だが、 記述式で2000~4000字を意識しての問題にセンター試験をプラスしてとなると、いきおいこれを通過できる人材は相当に優秀と言う事になる。
    もちろん、新手のAO入試と言う見方も可能だが、センター試験で学力の担保(ないしプレッシャー)を図ると言う部分ではよく考えた入試ではあろう。
    対する慶応の出方も注目だが、慶応大学は元々AO入試に先鞭をつけた大学でもあり、 その運用が上手くいっているのであれば、あえて新しいタイプの入試を繰り出してくる必要もないだろう。
    ただ、問題はこの慶応・早稲田よりは下にランクする大学、特に上智や明治・中央と言った大学だろう。
    これらの大学は、時代の先読みか?、中高一貫校を系列に取り込むような形で優秀な人材確保の窓口を広げている(上智は神奈川県の栄光学園、中央大学も神奈川県の山手学院)。 これらの大学は常に上位校の動向を気にすると共に、上位校受験者を確保するような入試問題を作成してくることもママある (明治大学は独自路線的な雰囲気であるが、上智の国語は早稲田を意識していると言えるし、中央大学は全般的に国公立大学(特に東大)を意識していると言える) ここら辺の入試がどの様に変化をするのかが重要なポイントになってくるだろう。
    つまり、慶応・早稲田は難しくて当たり前、だからある意味、入試問題の難易度はどうとでもして良い部分はあるだろう。
    しかし、2番手校が入試問題の加減を間違うと、それの連鎖的な影響で、これは大学に行ける人が激減する事にも繋がりかねない。
    特に、偏差値はともかくも「日・東・駒・専」の辺りの大学の入試問題は時として無意味に難しい(重箱の隅をつつくような)問題が散見されて、ある意味、上位校よりも 鮮烈な問題を出題してくることがある。
    そうなると、これらの「日・東・駒・専」辺りが記述式を導入した場合に、その問題(と解答)の行方は非常に難易度が読み辛い問題が出題されそうで、 受ける側からすると、(その受験者のレベルに比して)余りにも過重な準備をしなくてはならないと言う事にもなりかねない。

    あるいは、問題自体の難易度は高いが、受験者等のレベルで採点は甘くせざるを得ず、入試問題空洞化に繋がると言うアベコベな状況になるかもしれない。 いずれにせよ、どちらかにブレては行くのだろうと。

    まあ、これは一つの憶測ではあるが、「記述式問題」を導入と言う事は将来的に入試問題の難化を推進していく事は容易な事である。 ブログやHPの様にテンプレートがあってそれに基づいて入試問題の解答が出来るのであれば幸いであるが、 こと、入試の様に受験者のレベルを問わずに行われる場合には、採点する側の力量が非常に左右する。だが、そんなに力量を持つ採点者を大量に確保するのは難しい。 だからこその「共通一次」「センター試験」と言う二段階制を設ける事で受験生の品質管理を行ってきたわけだが、 それが崩れる契機を孕む記述式の導入は、いきおい問題の難化で品質の維持を図ると言う方向に舵を切りそうな予感をさせるものである。 そして、上記でも触れたが、入試問題の空洞化が生じれば、入試問題の二極化→大学の二極化→受験生の二極化→大学生の二極化と言う具合に分化していく契機となるかもしれない。

    「大学生」のレベルが問われるからの「記述式」の導入なのか?
    それとも、「大学」にもっと入り易くするための「記述式」なのか?

    その行きつく先はよくわからないですが(個人的には、相当な入試の難化を想定するところですが)
    国策として、エリートを養成したいと言う事を指向するのであれば、もちろんそれは色々と試行錯誤をしていく段階ではあるのでしょうが、 (2020年以降の小学校・中学校等の指導方針を見ると自主的に学習に取り組む人とそうで無い人との落差はものすごい事になりそうな印象を受けます) そうであれば、逆に「エリート養成」を大々的に謳っての大学入試改革の方が受験生も心やすらか(?)な気はします。
    なんであれ、2020年に向けて「賽は投げられた(By ジュリアス=シーザー)」のですから、その推移を見守っていく事に致しましょう。

    今宵はここまでに致しとう存じます。